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福岡高等裁判所 昭和52年(ラ)17号 決定 1978年5月18日

抗告人 林正則

相手方 林清治 外一名

主文

一  本件抗告を棄却する。

二  抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨は、「原審判を取消して、さらに相当な裁判を求める。」というにあり、その理由とするところは、別紙添付の「抗告の理由」記載のとおりである。

二  そこで、所論にかんがみ、以下、抗告理由について順次判断を加える。

1  抗告理由一について

まず、抗告人は、原審判添付目録3、4の土地(以下、単に本件三、四の土地という。)は亡父林康治(以下、単に亡康治という。)から贈与を受けた財産で、被相続人たる亡母林みね(以下、単に亡みねという。)から贈与を受けたものではないから、その価格を特別受益として相続財産に加えることはできない、旨を主張している。

しかしながら、本件記録に顕われた各資料、ことに本件三、四の土地を含む後記各土地の登記簿謄本、本件三、四の土地の登記済証、抗告人、相手方ら、亡康治及び亡みねの各戸籍謄本、別府警察署長の亡みねに対する○○営業許可証写、亡みねの大分県知事に対する○○(○○)営業許可申請書、同県知事の亡みねに対する右営業の許可書並びに原審における申立外林マチ子、抗告人(第一ないし第四回)及び相手方林清治(以下、単に相手方清治という。第一、二回)各審問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

すなわち、亡康治、亡みね夫婦とその子である抗告人及び相手方清治(本件相続関係者としては、ほかに、亡みねの非嫡の子である相手方村田広志がある。同相手方を、以下、単に相手方広志という。)の一家は、昭和一七年始ころ、それまで居住していた門司市(現在北九州市門司区)を引き払つて、別府市内に移り住み、原審判添付目録1、2の土地(以下、単に本件一、二の土地という。)とその地上建物を亡みね名義で買受けて、同建物で○○業を営むようになつたが、右○○業の営業許可等は、すべて亡みねの名義によつて申請され、その申請どおりの許可を得て、右○○業の営業を始めた。その後、右一家では、昭和一九年五月一七日ころ、本件三、四の土地を買受けたが、該買受に当つては、抗告人の名義をもつてその所有権を取得し、爾来、同各土地も又、右○○営業等のために使用してきた。亡康治は、明治一八年三月一八日生れで、本件三、四の土地を買受けた当時満五九歳であつたが、四〇歳台より糖尿病に罹患して、次第にぶらぶらした生活を送るようになり、別府市内に移り住むまで門司市内で営んでいた○○○の経営も、とかく亡みねに依存するところが多かつたが、ことに別府市内への右移住後は、いわゆる水商売の○○業を始めたこともあつて、亡みねが中心となつて、その営業を切り廻わすようになつていた。そして、亡康治は、昭和二四年五月一五日に死亡したが、右死亡に際しては、その遺産の相続が問題になつたことは、格別なかつた。又、本件三、四の土地については、これを抗告人の取得名義をもつて買受けたものの、その、いわゆる登記済証は亡みねが保管していたが、昭和二〇年代後半に、ふとしたことから相手方清治の手にわたり、現在同相手方がこれを所持している。なお、抗告人は、昭和一七年ころ○○大学に入学し、昭和一九年に現役入隊したことにより、昭和二〇年に復員するまで亡康治・亡みね夫婦と別居し、他方、相手方清治は、昭和二〇年ころまで門司市内の中学校に通学し、二年間位のいわゆる浪人生活を経て、昭和二二年ころ福岡県内の高等学校に進学、次いで昭和二五年ころ○○大学に入学したことにより、それら学業のため亡康治、亡みね夫婦と別居する期間が永かつたが、抗告人及び相手方清治のいずれもが、遅くとも本件三、四の土地を買入れた当時までは、経済的に自立しておらず、みずから不動産を買入れるだけの資力をそなえていなかつた。

以上の事実を認めることができる。前記抗告人審問の各結果のうち、右認定と相容れない部分は、たやすく採りがたく、他に、右認定を動揺させるに足る証拠はない。

そこで、叙上みてきたような諸事実に立脚して考察すれば、本件三、四の土地は、やはり昭和一七年ころから抗告人ら一家の働き手となつていた亡みねが、抗告人に買い与えたもの、と認めるのが自然であり、このことは、本件三、四の土地の買受当時、いわゆる旧民法による戸主制度がとられ、亡康治及び亡みねらにおいても、当然それになじんでいたであろうことを考慮に入れても、同じである。そうすると、亡みねの遺産の分割に当たつては、本件三、四の自地をもつて特別受益とみなし、その価格を相続財産に算入して、抗告人、相手方らの具体的相続分を算定すべきは、いうをまたないところである。

もつとも、この点に関し、抗告人は、その主張の、抗告人及び亡康治所有名義の各土地を昭和一六年五月二六日ころ及び昭和一九年四月四日ころ他に売却したことがあるが、本件三、四の土地の買入れは、右売却代金を引きあてとしてなされたものである、旨を主張している。

なるほど、本件記録中の、右各土地の登記簿謄本によれば、抗告人主張の右各土地が、同主張の各時期にそれぞれ他に売却されていることが明らかであるけれども、他面、右各土地の登記簿謄本及び抗告人作成にかかる昭和五〇年二月一一日付上申書によると、右各土地は、抗告人所有名義であつたそれが三月、亡康治の所有名義であつたそれが一年といつたように、その所有権取得後きわめて短時日内に転売されているところ(これに加えて、抗告人所有名義の各土地については、亡康治、抗告人らと右転売当時より親密な間柄にあつた、抗告人の妻申立外林マチ子の叔父又は伯父に当る申立外岡村平三郎ほか一名に売却されている)、本件記録を仔細に検討してみても、右各土地の取得及び転売の事情、ことに、かような短時日内に右各土地を転売したゆえんを詳かに把握することができないから、右各土地の売却(転売)と本件三、四の土地の取得を短絡して結びつけることには、やはり無理があるといわざるをえない。

してみれば、本件三、四の土地が抗告人の特別受益財産に当るとした原審判は、相当であつて、この点に関する抗告人の主張は、採用できない。

2  抗告理由二及び三について

次に、抗告人は、原審判が相手方清治の特別受益として認めたもの以外にも、なお特別受益として亡みねの相続財産に加算すべき贈与がある、旨主張している。

なるほど、本件記録中の、申立外山本○○器械店の領収証、抗告人作成にかかる計算書並びに原審における相手方清治審問の結果(第一回)によると、相手方清治は、昭和三七年九月ころに○○○○を開院するに当り、亡みねから、価格金九〇万円の○○○○○○○のほか、価格金五二万円の○○○○器具を買い与えられていることが認められるところ、後者も又、前者と同様特別受益に当るものとみるのが相当であるから、相続開始時の価格に引き直すため、物価水準の推移等にかんがみ、これを二倍した価格を亡みねの相続財産に加えるのが相当である。これに加えて、原審判は、相手方清治が昭和三〇年ころ○○資格を取得するまでの間に亡みねから学資及び生活費として金八〇万円の援助を受けていることを認定し、かつ、これが特別受益にあたると判断したうえで、同金額自体を基準として、亡みねの相続財産の額及び具体的相続分を算定している。しかしながら、元来、相続人が被相続人から贈与された金銭を特別受益として相続分算定の基礎となる財産の価格に加える場合には、贈与のときの金額を相続開始のときの貨幣価値に換算した価格をもつて評価すべきもの、と解するのが相当である。従つて、相手方清治が亡みねから贈与を受けた右金八〇万円についても又、右○○○○○器械や○○○○器具の場合と同様、少くともこれを二倍した金額を基準として、亡みねの相続財産の額及び具体的相続分を算定すべきことになる。すなわち、原審判には、右説示した諸点において一応違法がある、といわざるをえない。

なお、抗告人は、右説示した以外にも、相手方清治は右○○資格の取得後も亡みねより生活費等にあてるための金銭贈与を受け、その合計額は金七二万円に達する、旨主張しているところ、本件記録によると、同相手方は、右○○資格の取得後も、亡みね及び抗告人から、幾何かの生活費等の贈与を受けていることが窺われるけれども、他面、本件記録によつても、亡みねの支出した具体的な金額を的確に把握できないばかりでなく、原審における抗告人(第一、二回)及び相手方清治(第一、二回)各審問の結果並びに抗告人及び相手方清治の各作成にかかる書面(上申書)に徴すると、右生活費等の援助は、亡みね、抗告人と相手方清治間の、いわゆる親族間の扶養関係として評価するのが相当である。従つて、相手方清治の○○資格取得後の生活費援助に関する原審判の判断は、結局正当として是認すべきことになる。

そこで、叙上説示したところを前提として考察を進めるに、前記買い与えられた○○○○器械代金五二万円の倍額金一〇四万円と前記贈与を受けた金八〇万円を相続開始時の貨幤価値に引き直したことによる差額金八〇万円は、本来的にいえば、いずれも相手方清治の特別受益として、これを亡みねの相続財産に加えて、抗告人及び相手方らの各具体的相続分を算定すべき筋合のものである。しかしながら、そうであるにしても、本件三、四の土地を抗告人の特別受益財産と認むべきである以上、抗告人が依然としていわゆる超過受益者であり、その具体的相続分が零であることに変わりのないことは、計算上明らかである。そして、かように具体的相続分零の相続人がある場合、他の共同相続人の同意があるとか、その他必要やむをえない特段の事情の存するときでないかぎり、具体的相続分零の相続人に現実に相続財産を取得させて、他の共同相続人との間を金銭的に清算ないし調整する方法をとることは許されないもの、と解すべきところ、本件記録によると、相手方清治は、いわゆる超過受益者である抗告人が現実に相続財産を取得することに反対する意向を抱いていることが明らかであるうえ、前記認定のように、抗告人の右超過分はかなり多額に昇つているのであるから、亡みねの目ぼしい相続財産である本件一、二の土地は、つまるところ、亡みねの嫡出の子である相手方清治に取得させるほかはない(もつとも、本件記録によると、抗告人は、本件一、二の土地上に鉄筋コンクリート造りの建物を所有していることが認められるけれども、他面、抗告人は、同各土地につき賃料月額金一〇万円の賃借権の設定を受けており、従つて、同各土地は相続財産としていわゆる底地価格をもつて評価されていることが、やは

り本件記録上明瞭であるから、抗告人が同各土地上に右建物を所有していることは、同各土地を相手方清治に取得させる妨げとなすに足らない。)。

そうであれば、結局、原審判の前記説示したような違法は、相手方清治が相手方広志に対して支払うべき、いわゆる清算金ないし調整金の金額に影響を及ぼすに過ぎないこととなるところ、相手方広志は、原審判によつて分割を受けた相続財産の取得分及び清算金ないし調整金の支払にまつたく満足し、原審判に服する意向を積極的に明らかにしているのであるから、かような事情のもとにおいては、抗告人は、原審判に対する不服申立たる抗告審の手続において、相手方広志のために、右清算金ないし調整金の金額の変更を求めることはできないもの、と解するのが相当である。すなわち、原審判の前記違法は、抗告人みずからの関係についていうかぎり、原審判の主文に影響を及ぼさないことに帰する。

従つて、つまるところ、この点に関する抗告人の主張も又、採用することができない。

3  抗告理由四について

さらに、抗告人は、亡みねの生前及び死後を通じて、本件一、二の土地の固定資産税はすべて抗告人が支払つてきているところ、亡みね生前のそれは亡みねの負債に当り、又、亡みね死亡後のそれは相続財産の管理費に当るから、いわゆる消極財産ないし相続財産の負担として、亡みねの遺産分割に際し、これを同時に清算すべきである、旨主張している。

なるほど、本件記録によると、抗告人は、本件一、二の土地の固定資産税をはじめ、亡みねの、所得税その他の公租公課の納付書ないし領収書類を現在保管していることが明らかであるけれども、抗告人が亡みねの生前同人と同居して生活していたことを考慮すると、抗告人が右公租公課の納付書ないし領収書にみあうだけの支出をしたかどうかは、さらに検討してみる必要があり、従つて、本件一、二の土地の固定資産税についても、亡みね生前のものに関するかぎり、本件記録に顕われた資料のみをもつてしては、抗告人の支出した金額を的確に把握することは、必ずしも容易ではない。ところが、本件の場合にあつては、抗告人はいわゆる超過受益者に該当し、抗告人主張の固定資産税の立替金をすべて清算するとしてもなお、その具体的相続分は零であつて、現実に相続財産を取得することはできないであろうことが、たやすく想定されるばかりでなく、本件一、二の土地が相手方清治の取得とされ、かつ、同各土地上には抗告人が賃借権を有するところから、少くとも抗告人と相手方清治との間では、賃貸人、賃借人の法的関係が継続することとなるところ、かような、本件における特殊な事情のもとにおいては、亡みねの負債ないし相続財産の負担に当るべき、右固定資産税の立替支払の関係を、必要があるかぎり訴訟によつて解決すべきものとして、あえて亡みねの遺産分割の対象としなかつたのも、あながち首肯できないわけではなく、これをもつて違法とまで目することはできない。

4  抗告理由五ないし七について

抗告人の主張するところは、いずれも、叙上排斥した抗告理由を前提として、抗告人及び相手方らの具体的相続分を算定しようというものであるから、これが採用できないことは、いうをまたない。

二  その他、本件記録を仔細に検討してみても、原審判には、これを取消すべき何らの瑕疵も見出せない。

三  そうすると、結局のところ、原審判は相当であつて、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 佐藤秀 裁判官 篠原曜彦 森林稔)

抗告理由書<省略>

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